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2006年12月27日 (水)

論文

 やっと論文の訂正を終えた。どうしても直せないところは仕方ない。中期との繋がりとか、中期の刀装具の生産体制とか、そもそも中期をそれほど見ていないのだから、発言のしようがない。明日の午前中にチェックして、年内に送ってしまおう。これで新しい仕事が始められる。そういえば、年賀状、まったく書いてない…。

 今日のサッカーは、今年も残り少なく、かつ明日の蹴り納め恒例エンドレス・サッカーに備え、みんな気合いが入っていた。とはいえ、エースのFWT田氏は不在で、白チームの攻撃に厚みがない。リードされた終盤には前線に張っていたが、ツータッチを活かした1点を奪うにとどまった。明日は研究所中庭が工事で使えないため、大極殿グラウンドに遠征する予定。晴れてくれればいいのだが…。

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2006年12月26日 (火)

国家論

 最近はおもに古代史の国家形成論を読んでいる。博士論文の考察を進めているわけだが、これが一筋縄ではいかない。山尾幸久、吉田晶、原島礼二、原秀三郎、鬼頭清明をつまみ食いしつつ、エンゲルスに回帰するという方法を取っているが、いちばんしんどい『起源』を後回しにしている点に問題があるのだろう。しかしまとまった時間がないと集中して読めないし…。

 で、新しい『講座・日本史』を読むと、ほとんど『起源』などに言及されていないではないか。80年代までとは隔世の感がある。通史的に概観するだけなら、できそうな気がする。まずは鉄器を通して枠組みを描いて、文献史学の成果と対比するのがいいのかもしれない。

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2006年12月22日 (金)

弘法山

 松本市に弘法山古墳の鉄剣を見に行ってきた。3年生の研究室旅行で行って以来なので、11年ぶり?

 博物館は変わってない。かつて展示室で桜ヶ丘古墳の甲胄を見て、都出先生が「鋲留やね」といったのに対し、私は「これ鋲留ですかー?革綴ですよ。」と反論した。都出先生は冠と共伴しているのを見て鋲留といったわけだが、実際は革綴だった。2年後、大分への研究室旅行の時、都出先生に「あの時は参った。」といわれたのを思い出す。

 資料を早く見終わったので、歩いて弘法山へ。Dsc005102 少し天気が悪いが、北アルプスも見える。これで今年の資料調査は終了。来年度も引き続きヤリを追いかける予定。

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2006年12月20日 (水)

資料調査と査読

 天理参考館に資料調査に行った。置田先生の論文で気になっていた、元稲荷古墳のヤリ。やはり図面通りだった。あたりまえだが、自分の目で確認するのは重要だ。

 某雑誌に送った論文の査読結果が届く。厳しいご指摘が…。直せるかな?

 やはり論文は査読のある雑誌にかかないといけない。他人から指摘されないと、過ちに気づかないから。

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2006年12月18日 (月)

福永先生の受賞記念シンポ

 福永先生の浜田青陵賞受賞記念パーティーが土曜日にあった。いつも講義をしている隣の教室。林、菊地さん、清家さんの発表はそれぞれすばらしいものだったが、やはり福永先生の研究のあゆみがすごい。

 展示を見ているうちに鈕孔形態に気づいたというのは聞いていたが、中国への資料調査のあたりが良かった。最初は目当ての鏡が円形鈕孔であるという連絡をもらい、3年ほど打ちひしがれていたが、その後実際に遼寧まで鏡を見に行き、長方形鈕孔であることを確認したという。実際に自分の目で見るまでは信じられないというのは私も同じだ。

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2006年12月15日 (金)

講義

今日も大学の講義。どうしても寝てる人がいる。どうやら本を読んでいるらしい人もいる。それでも熱心に聞いてくれる人がいるので、救われます。こちらも一生懸命教えているのだが、今日は「狗奴国」の「奴」がとっさに出てこなかった。誤字をなくしたいものだ。10月から初めて、やっと来週古墳が出現する。去年は中期で終わってしまったので、今年は古墳時代後期まで行きたい。

研究室に行くと、明日の福永先生浜田青陵賞受賞パーティーの準備で忙しそう。

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2006年12月14日 (木)

米沢と福島

資料調査で米沢に行ってきた。以前は下小松古墳群を見に通過しただけだったが、今回は市街地に泊まって、翌日に資料調査。早朝、上杉神社にお参りした後、文化財資料室に行く。Photo_1 成島1号墳の鉄器を見て、一人で納得する。帰りは福島で菊地さん、福島大の学生さん、県のEさんと会った。翌日は福島県の渡利事務所を見学させていただく。保存処理のKさんにもお世話になった。Kさんは山形県に在籍時代、奈文研との対抗サッカーで対戦したことがあるとこが判明。またやりたいですね。

それにしても、東北・東海道新幹線に近鉄まで乗り継ぐと疲れる…。

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2006年12月11日 (月)

まる禅

ボーナスも出たことだし、妻と「まる禅」にいく。ここは何でもおいしいが、とにかく料理の出てくるタイミングがいい。いつものように、ひれ酒を飲んでしまった。こんなことだから、遼寧で増えた体重がなかなか減らない。

今週は山形に遠征する予定。我ながら、松本清張の小説に登場する刑事のように、粘り強く鉄剣を追いかけている。その先に何が見えるのだろうか。

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2006年12月 8日 (金)

行き違い

出土遺物のレプリカ作成を依頼することになり、今日は遺物の引き渡しだった。私としては、博物館でよく見る銹を忠実に復元したものをイメージしていたのだが、業者さんと話をしていると、「復元模造品」を見積もっていたらしい。現品は処理後に貸し出せるのだから同じものを作っても…といわれてようやく納得した。我ながら仕事の進め方が甘い。

狩野久先生がツアーの一行を引き連れてきていた。甘樫丘の年代を聞かれると、どうしても歯切れが悪くなってしまう。狩野先生は岡大時代に飲みに連れて行ってもらったし、最終講義も聞いた。同じ津山市民?なので、妻も大変世話になっている。津山線が不通の状態をたいへん嘆いておられた。

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