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2007年1月31日 (水)

資料調査の予約

 2月の後半に韓国への資料調査を企画している。やはり、無理をしてでも1年に一度は韓国の資料を見ておかないと、科研の研究テーマに沿った研究ができないし、成果も出せないからだ。今回は東義大学校博物館と慶星大学校博物館を計画し、釜山の師匠S先生にFAXを送った。しかし返事が来ない。再び送るが…来ない。

 そんな事情を同僚のTさんに愚痴ると、「ぼく携帯の番号知ってるよー。一緒に電話しようよ。」 さっそく電話してみる。S先生「あー豊島さんですか。FAXは届いてますよ。ただし東義大のほうは未発表ですからね…。でもまあ何とかなるでしょう。私は24日から出張なので、23日までなら大丈夫ですよ。」とのこと。出張中のお忙しいところに、携帯での直接交渉となってしまった。恐縮に耐えません。

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2007年1月29日 (月)

尾道

 この週末はしまなみ街道を行く。津山から程良い旅行に行こうと思っても、すでにネタ切れ状態で、最後の砦ともいえる村上水軍博物館に行く。新しくてわかりやすい、がんばっている博物館だった。近くの料理屋兼民宿で穴子セットを食べる。穴子の刺身を初めて食べました。天丼のボリュームもかなりのもの。良かったです。その後、尾道に行く。数年ぶりに尾道の寺院廻りコースを歩く。最後は浄土寺まで。庭園がすばらしかった。
 翌日は上下町の町並みを散策する。教会、資料館、劇場を見学。以外と近いところにこんな町並みがあったとは…。それにしても、上下町は寒かった。妻曰く「冷凍庫に頭をつっこんでるみたいだった。」

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2007年1月26日 (金)

講義

 共通教育の講義もあと2回。今日は首長系譜論と甘樫丘東麓遺跡のスライドを併用する。時間が足りないかと思いきや、余る。なぜだろう? 最後の授業は前方後円墳体制で締める予定だが、今年の講義は総合的に今ひとつだったような気がする。最大の理由は、受講生が極端に増えたこと。去年は30人だったのが、今年は100人以上。すると、真剣に聞いていない人が目に付くようになり、こちらの熱意も自然に下がりがちになる。2年目になって慣れが生じたというのもあるかもしれない。

 来年度は、方法を変えてみようかと思う。双方向的なやりとりができるようにするとか、実物資料に触れる機会を増やすとか…。

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2007年1月25日 (木)

路線変更

 晩まで研究ノートのレイアウトをやっていた。しかし今ひとつ気分が乗らない。「書きたい」ではなく「書かねばならない」論文のせいか?自転車で駅まで向かう途中、色々と考える。F師匠から「原稿を頼まれるときは、それを博士論文の中に位置づけるように考えながら、書きなさい。」その言葉に思い至ったとき、別のテーマで書き直すことに決めた。

 古墳時代前期の鉄刀、ヤリについてはほぼ考えがまとまっているのだが、鉄剣は手強い。でも、資料を見ているうちに特徴的な鉄剣が広く分布していることには気づいていた。あとはそれをどうまとめるか…。そこに至る思考の経過を整理するような研究ノートにしようと思う。でも、これから書き直して間に合うのか?

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2007年1月24日 (水)

大敗

 資料調査行脚のおかげでしばらく参加できなかったサッカーに復帰。私のいない最近は引き分け続きだったらしい。復帰後すぐに大敗するわけにはいかなかったのだが…。

 エースFWのT氏がなかなか出てこないので一人少ない状態。ここで守備的にいけば良かったのだが、最初のカウンターがうまくいったものだから、ついつい前に意識がいってしまった。逆に裏を取られて失点を重ねる。私自身の動きもキレがなく、フリーのシュートを許してしまった。4点のビハインドでT氏が参加するも、青チームの勢いは止めがたく、0-6の完敗…。次は反省して守備に専念する。むやみに上がらないと誓う。

 仕事の合間に、韓国に資料調査にいく下調べをする。手紙も書いて、あとは先方に送るだけ。

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2007年1月19日 (金)

資料調査行脚

 今日はむちゃくちゃ疲れている。火曜日に貸し出しに立ち会ったあと、佐賀に向かう。S田氏やH川氏と飲み、翌日は二日酔いを押して谷口古墳のヤリを測る。翌日は唐津に移動。肥前名護屋城博物館で中原遺跡の鉄器を見る。名護屋城博はなんでこんなに不便なんだろう…。

 その後、九大に移動し、T尻君の手引きで韓国の報告書をコピーさせてもらう。奈文研にも阪大にもない本だが、極めて重要な資料を含んでいる。T尻君はちょうど博士論文を出したところだったので、再び飲み会。九大の学生さんとも仲良くなりました。みんなありがとう。

 で、今日は豊中市で大塚古墳の鉄器を見る。大塚のヤリ、判断が難しい。とりあえず当初の目的は果たしたが…。対応してくれたのは、これまた旧友のJ内君。変わりませんねえ。今週はまさに「ヤリ漬け」の毎日だった。古い友達にも会えて良かった。

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2007年1月16日 (火)

博士論文

 博士論文関係の情報を仕入れるため、先生にメールを出した。今までに書いた論文の数は内規をクリアしているようなので、資格はある。「とりあえず章立てを考えて送りなさい。」との指示。で、さっそく考えました。まだ考えをまとめておらず、新しく書かないといけない章が論文4本分くらいある。今までに1年に4本も書いたことがないから、普通に考えると2年はかかる。でも、2年間いまの職場環境でいられるのか不安が…。今年は自分の研究面で相当無理をしないといけないようだ。

 まず博士論文以前に書かねばならない文章を片付けてしまおう。

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2007年1月15日 (月)

古代武器研究会

 1月13・14日は古代武器研究会に行った。その前に家の掃除をしていたら、気分が乗ってきたので台所まで磨き上げ、東先生の講演はパス。予定より1時間遅れで滋賀県立大学まで出発。

 南彦根は普通しか停まらないので、京都から普通電車に乗る。音楽を聴きながら、本も読みながら、20分近く電車に乗り、ふと窓の外を見ると、予想外の方向に琵琶湖が見えるではないか。琵琶湖線ではなく、湖西線に乗っていた。降りた駅は和迩駅。ここも普通しか停まらないので、30分近く待って京都行きに乗り換え、さらに山科で乗り換え…。予定より2時間遅れで県立大着。橋本さんの発表まで聞けなかった。

 河内さんの庭鳥塚の発表は聞けた。初めて鉄鏃の図を見る。新しいタイプも含まれているようだ。刀剣は、だいぶ以前に見たので記憶があやふやだ。やはり実測しないと頭に入らない。水野さんの鉄鏃の発表も良かった。かなり美しくまとめられていて、分類案にも賛成できた。

 この研究会に来ると、新しく武器の研究を始める学生さんにも会えるし、橋本さん、鈴木さん、松木さんはじめ、武器をやっている先輩にも会える。そこで新しい情報を得ることも多い。事務局は「休会」をほのめかしていたが、何らかの形で続いてほしいものだ。

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2007年1月11日 (木)

面倒なこと

 雑用が溜まってきた。一つ一つはそれほどたいへんな仕事ではないのだが、チリも積もって気持ちが落ち着かない。それぞれに忘れるとマズイことになる。明日にはすべて解決してしまいたいが…。

 やっと授業の準備ができた。前回は小林行雄の伝世鏡論と同笵鏡論を教えたが、終わったあと質問にきた学生さんがいた。自分だって学部生の頃きちんと理解できていたか怪しいので、無理もない。それを捕捉しつつ、古墳時代前期の社会を1回で教えるというのはやはり難しいか。あと授業はテストを除いて3回。今年も古墳時代が終わりそうもない…。

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2007年1月10日 (水)

高校サッカー

 作陽対盛岡商業の決勝戦をテレビで見た。作陽は自宅のある津山市内にあるので、美作のグラウンドで試合を観戦することもある。決勝ではDFが取られてはいけない場面でボールを奪われる場面が何回かあったし、最後はまさに走り負けだった。エースFWのポスト直撃シュートは素晴らしく、彼のケガがなければ…と思わせる一撃だった。近いうちに作陽から青山以来のJリーガーが誕生するのかもしれない。

 埋文研修で奈良に来ている福井のF氏と晩飯を食いながら、中部高地の土器編年のことなどを聞く。東大のM氏は、中部高地の箱清水式(それと併行する群馬の樽式)を庄内併行と考えているらしい。これまで私はⅤ様式併行と考えて、庄内併行の東日本に鉄剣の空白地帯を想定してきたわけだが、箱清水式を庄内併行とすれば不自然な?空白期を想定する必要はなくなる。しかし、刃関双孔鉄剣の年代観と終末期の武器の地域性をどう考えるかという問題が残る。終末期には山陰と北陸が「鉄刀の世界」になるので、中部高地と群馬は鉄剣をどこから入手したと考えるのか…。S字甕が拡散する時期とも絡むので、今のところは今後の議論を見守るしかない。

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2007年1月 5日 (金)

初ゴール

 昨日は仕事始め。例年は出勤しないのだが、今年は金曜日のみ出勤するのも拍子抜けなので、仕事始めから研究所へ。数年ぶりに所長の年始の挨拶を聞く。

 昼は久々の平城でのサッカー。藤原よりもグラウンドが広いので勝手が違う。ボールを持ってから敵が寄せるまで時間がかかるので、自由に持たせてもらえるのだが、ロングキックが使えないとうまくパスを通せない。そしてリードされた終盤、相手センタリングをクリアしようと足を出したら当たり所が悪く、オウンゴール。牛嶋さんからは「おまえと謙ちゃんはO.Gが多いんだよ。」 杉本さんからは「さすがや。ふつう直接入らんでー。」と絶賛された。

 今日は藤原サッカーの蹴り初め。昨日の雪辱で積極的にゴールを狙ったが、惜しいロングシュートはポストに嫌われ、ゴールを割れなかった。真の初ゴールは来週に持ち越しだ。

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2007年1月 4日 (木)

天皇杯

 天皇杯の浦和の勝利を見届けたが、内容は納得できなかった。ガンバのほうがいいサッカーを展開していたと思う。ベストメンバーだから当たり前かもしれないが…。浦和のメンバーなら、もっとおもしろいサッカーができると思うのだが…。でも、岡野が作ったチャンスを永井が決めたので、なぜかリーグ戦の最終戦よりも感動した。

 年末は奈良にいたので、暇つぶしに桜井の古墳めぐり。桜井茶臼山とメスリ山は、大型前方後円墳の雰囲気が良くわかる。研究室小旅行などで是非行ってほしい。メスリ山に行く途中で、「上之宮遺跡導水遺構」という看板を見つけたので、帰りに寄ってみた。上之宮は完全に壊されたと思っていたのだが、導水遺構だけは住宅地の中に保存されていた。それにしても、四面庇建物もなく、祭祀遺構だけ残っても何のことやらわからない…。

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