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2007年2月28日 (水)

宴会係

 私は今年度の調査部の宴会係だ。昨日は中国からお客さんが来たので、またしても宴会の準備。配下のH氏は立会に出たので、私一人で調理(といっても出来合いのものを並べるだけだが)と配膳をする羽目になる。この忙しいときに…。

 手を抜くには「オークワセット」に限る。近くのスーパーのオークワで、餃子、サラダ、たこ焼きなどのお総菜を買いまくる。これだと1時間あまりで準備できる。

 昨日はレジュメの作成が切羽詰まっていたし、忙しいのに時間をロスしたので気が立っていて、自分が準備した宴会に出ずに帰宅した。いい加減、研究所内で飲む習慣を廃止して欲しい。研究員の貴重な時間を奪わないでくれと言いたい。みんなが店に行きたくなるまで、オークワセットを出し続けてやろうと思う。

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2007年2月27日 (火)

ヤリの編年

 昨晩から必死に考古学研究会岡山例会の準備をしている。今回のテーマはヤリの編年だ。ヤリは、鉄本体への柄の装着方法から、4種類に分類が可能である。型式の違いは時期差を反映している。それを応用すれば、弥生墳丘墓、最古段階の前方後円墳、その他の前期古墳、前期末から中期初頭の古墳を見分けることができる。さらに、鉄本体の型式学的研究を応用すれば、古墳時代前期における鉄製武器の流通体制に迫ることができる。というのが発表の骨子だ。

 論旨の構成はできているのだが、資料が追いつかない。これから分布図を作らないといけない。大学院演習の準備を思い出す。

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2007年2月26日 (月)

帰国

 ようやく韓国から帰った。今回も色々な方に親切にしてもらい、目的の資料を見ることができた。初日は釜山大に行き、申先生を訪問。先生に「今日来るんでしたっけ?」と言われたときはどうなるかと思ったが、すぐに慶星大と東義大に電話し、調整してくださった。その足で慶星大へ。金先生の親切な対応で、大成洞と龜旨路の遺物を観察できた。ただし金海博に展示中で見られない資料もあったのは残念。宿無しの私に大学の宿泊施設も予約してくださった。ありがたい。

 翌日も慶星大で見学。3日目は東義大に行く。金先生に対応してもらう。申先生の威力か、こちらも良洞里と道渓洞の遺物を見せていただく。お互いに日本語とハングル話せない同士だったが、何とか意思の疎通はできた。ここで大量の報告書をもらい、あまりの重さにおみやげの購入が不可能となる。研究所にない道渓洞の報告書をもらえたのはありがたかった。

 今回の調査で、韓国南部の刀剣装具について一定の見通しをもつことができた。日本との共通点と違いがはっきりした。あとは北部の資料と、補足的な調査が必要だ。来年度も継続する必要あり。その前に、もう少しハングル勉強しないと…。

 話は変わるが、土曜日、浦和-ガンバ戦を見る。情けないというか、完膚無きまでに叩かれた感じ。でも、去年は浦和が圧勝し、ガンバが発憤して開幕戦を引き分けに持ち込んだ。開幕前の大敗はいい薬なのかもしれない…。

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2007年2月19日 (月)

韓国

 明日から韓国・釜山に行く。宿の予約が遅れ、ネットでは初日の宿が予約できなかった。申先生との連絡調整も不十分だし、今日の午前中、見学する資料の図面を慌ててコピーする始末。海外に行くというのに、それが韓国だと緊張感がなさすぎる…。

 その合間に、石神から上がってくる木器の選別と実測と写真撮影をする。急いで実測しているので、いい実測図にならない。まるで採用試験の時の実測図みたいだ。来週出勤すると整理室の洗い場が木器で溢れかえっているのは確実で、ウンザリする。しかも3月10日の発表の準備をしないといけない。本来の中心業務の紀要まで手が回らない状態。ともかく韓国から無事に帰らないと、何も始まらない。

 そうまでして韓国に行くのには理由がある。すべては博士論文のため。今年中(今年度ではない)に韓国の刀剣について一通りまとめないと、論文にならない。そのためには年度内に少なくとも伽耶の武器は見ておかないといけない。多少の無理は仕方あるまい。

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2007年2月16日 (金)

手引き

 ここ2日間ほど発掘調査の手引きの会議に出ていた。集落遺跡調査編の会議は終了し、2日目からは整理・報告書編の作業が始まる。来年の6月に原稿を出せばいいので、まだ余裕がある。調査編ではほとんど貢献できなかったので、整理・報告書編では役に立ちたい。というか、現在の金属器の実測図では自分が満足できるものが少ない。そこを改善したいと思っている。

 来週からの韓国行きの準備と、国内の資料調査の予約、3月10日の研究発表の準備が目白押し。精神的に忙しい…。

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2007年2月13日 (火)

風邪?

 土曜日は京都を散策する。蹴上から琵琶湖疏水を通り、永観堂、渉成園、JR京都まで。なかなか盛りだくさんなコース。渉成園は以前にも一度行ったのだが、3時半までに入場できなくて見られず、今回やっと見ることができた。

 翌日は甘樫丘東麓遺跡の現地見学会。遺物の番をしていたのだが、予想外の人出で遺物コーナーにも行列が…。机の両側を通れるようにルートを変更すると、遺構を見るためにまた行列が…。3時を回る頃から、頭痛がひどくなる。青ざめた顔で畝傍御陵前まで自転車。帰りの近鉄で寝たら、少し体調が回復した。最近では珍しく寒かったので、軽い風邪だったようだ。

 月曜日は性懲りもなく大阪へ。梅田のロフトでペンケースを買い、眼鏡屋さんで眼鏡を買う。視力を図ったら、度が進んでいる…。その後、難波まで御堂筋を歩く。心斎橋のカンペールで靴を買ってもらう。(一応誕生日のプレゼントということで…。)この3日間、よく歩きました。

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2007年2月 8日 (木)

東京

 東博に資料調査に行ってきた。前橋天神山古墳と花光寺山古墳の刀剣類を見に。花光寺山ではわざわざ常設展にでているものを取り出してもらう。ヤリの構造に関して新知見が得られた。2日目は前橋天神山。刀はよくわからんが、鉄剣はすごいものだった。

 残念ながら展示台に固定されていて、実測はできない。テグスで留めなくても、シリコンで型取りしてあるから安全だと思うのだが…。これではせっかくの資料も新しい研究に貢献できない。ドイツ展の展示の時も、東大寺山、京博の東之宮、桂川王塚の資料がやはり固定されていて、杉本さんが「これじゃ撮れへんやんかー!」と叫んでいたのを思い出す。結局あのときは文化庁がバイトを雇って外し、その後固定したような…。個人の資料調査ではそこまでできない。

 しかし、最近は実測にこだわらなくなった。これまで実測した刀剣類の数を考えても、すべて論文に載せることは不可能だからだ。前期古墳を始めてから、資料の数が格段に増えたというのもある。今回も精密なスケッチで済ませた。あとはまとめが必要だ…。

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2007年2月 1日 (木)

返事

 韓国の師匠のS先生からFAXが来た。調査先の大学にも手紙を出しておきなさいという指示。思えば当然のことだが、先生に頼んでおけば何もしなくていいはずはない。これで韓国関係は片付き、あとは具体的な準備だけ。落ち着いて紀要と論文の執筆に取りかかれる。

 論文では図面のレイアウトが終わり、分布図を作る。作りながら、分布の傾向に中心を見いだせないことに、どのような解釈を下すべきか悩む。おそらく資料不足で傾向が見えないのだと思うが、こればかりは急に資料が増えるわけではないので仕方がない。考え続けているうちに、いつの間にか古墳時代前期の鉄剣把について分類案が固まってきた。やはりテーマを変更して良かったと思う。

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