« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月29日 (木)

送別サッカー

 現場から帰ると、福島県のK氏から電話が。東北芸工大のT先生が今年で退官なので、古巣の奈文研サッカー部と記念試合をしませんかというお誘いだった。

 うちのサッカー部も退官される方が多いので、ちょうどいい。この話、何とかまとめないと。

 

|

2009年1月28日 (水)

資料調査

 所内の研究会で現場は休み。懸案だった、たつの市へ資料調査に行く。去年K氏から連絡をもらった墳丘墓の資料。近々返却するというので、慌てて見に行った。

 さらに新宮東山の武器も見せていただく。おぼろげながら、新しい視点が見えてきたような…。しばらくは中期の資料を見て歩こう。

|

2009年1月27日 (火)

一段落

 最高の天気で石神の全景写真が終了。総担当A氏が雨男ではないことが立証された。

 これから実測、空撮、断割と先は長い。ともあれ一段落。

|

2009年1月26日 (月)

風雲児

 みなもと太郎著『風雲児たち』にハマっている。全30巻を読み終えて、やっと幕末編。

 もしも高校生の時にこの漫画を読んでいたら、考古学ではなく近世史を専攻していたと思う。

|

2009年1月23日 (金)

見学

 明日香村と橿考研の現場を見学させていただく。

 狭い飛鳥で3つの機関が発掘調査をしている。やはり飛鳥はすごい遺跡の密度。

|

2009年1月22日 (木)

終了

 2日間にわたる会議が終了。私の担当部分も加筆と修正が必要になった。このプロジェクトが始まって4年になるが、なかなか縁が切れない。

|

会議

 『てびき』の会議で平城へ。色々な意見が聞けて、勉強になる。さらに勉強になるのは夜の会議。今日も終電を逃してタクシー…。

|

2009年1月20日 (火)

一応

 韓国の刀剣と把にかんする考察を一通り書いた。苦労した資料調査の成果が十分に結実しているとは言い難い。肝心な資料を見逃しているようだ。

 現場が終わったら韓国に行こうと思うが、いつになるだろうか…。

|

2009年1月19日 (月)

少しずつ

 超複雑な遺構の変遷に悩まされながらも、少しずつ柱穴がまとまってきた。

 せっかくおもしろくなってきたのだが、今週は会議や貸し出しの対応であまり現場にいられないのが残念。

|

2009年1月16日 (金)

取材

 テレ東系の『新説日本史ミステリー』なる番組が取材に来た。テーマは蘇我氏。甘樫丘を案内する。

 どんな「新説」かあまり詳しく聞かなかったので、非常に不安…。

 

|

2009年1月15日 (木)

日程

 今日もA氏と2人で石神。現説の日程も決まり、ここからが正念場。

 別件の記者発表もすることになった。なぜか私が資料作りを命じられる。現場中に振られるとつらい…。

|

2009年1月14日 (水)

やっと

 やっと石神の土に目が慣れてきた。これまで留守にしていた分、少しは役に立たないと…。

|

寒い

 週明けから異常に寒い1日。

 寒くて図面もまともに書けない。明日は何とかならないのだろうか…。

|

2009年1月 8日 (木)

ホケノ山

 やっと本現場の石神に帰還。しかし浦島太郎状態で、しばらくリハビリが必要。

 『ホケノ山古墳の研究』を入手。すごい報告書だ。落とし込み式の鉄刀把も、糸巻頂点型のヤリも見あたらない。もちろん、残りの悪い素環刀の細部はわからないが…。弥生時代から古墳時代への武器の流れが鮮明になってきた。

|

2009年1月 7日 (水)

移籍

 重機掘削ももうすぐ終了。こんなおもしろそうな現場を重機掘削のみで引き継ぐとは、ほとんど拷問である。

 ニュースを見ると、なんと永井がエスパルスへ移籍。O澤さんも喜ばないだろうに。高原の獲得は高くついた…。

|

2009年1月 6日 (火)

延長戦

 今日から現場再開。暦の上では秋班は終了だが終わるはずもなく、石神、檜隈寺、甘樫丘とも延長戦に突入。

 重機掘削が終わるまでは甘樫丘にいる予定。

|

2009年1月 1日 (木)

ようやく

 エンドレスサッカー以来続いていた腰痛がやっと癒えた。

 色々とやらねばならないことはあるのだが、職場に行かないと文献がない。年末年始の休みなんて短くていいのに…。

|

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »