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2009年5月29日 (金)

報告書

 熊本の師匠から『八代海沿岸地域における古墳時代在地墓制の発達過程に関する基礎的研究』が届いた。正直、これほど甲胄を出している古墳があるのを知らなかった。

 S先生の教え子は最近九州の各地で専門職に採用されている。やはり、きちんと報告書を出す大学はいい人材が育っている。南九州の古墳時代研究が活性化しつつあるようだ。

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2009年5月27日 (水)

守備的

 昼のサッカーでは白チームの負けが続いたので戦術を変更し、青チームのエースT田室長にマンマークをつけることにした。それが功を奏したのか、1-0の勝利。

 いまの白チームに必要なのはフロンターレのような点の取り合いではない。去年のトリニータのような堅守とカウンターで勝つしかない。

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2009年5月26日 (火)

図録

 近つ飛鳥のT君から図録が送られてきた。早速めくっていると、今まで知らなかったヤリを発見。三重県東山古墳。三重県センターの紀要に報告が載っていた。

 T君は古く位置づけているが、ヤリは新しそう。会期中に確認しに行こう。

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2009年5月25日 (月)

チケット

 レッズの山田直輝が代表に入ったので、長居でやるチリ戦を見に行こうと思ったのだが、チケットは完売。最近の代表戦は人気がないし、平日なので直前でもいけると甘く見ていた…。

 インフルエンザの影響もなさそうだ。

 

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2009年5月21日 (木)

惨敗

 久しぶりのサッカーだが、青チームに次々とゴールを決められて0-6の惨敗。私の存在意義が問われる結果である。

 鹿児島の師匠から、『薩摩加世田 奥山古墳の研究』と神領のニュースレターが届く。写真が美しく、考察が充実している。かなりレベルの高い報告書。

 

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2009年5月20日 (水)

飯田

 飯田市で八幡原遺跡出土の鉄器を撮影。飯田はこれまでじっくり検討したことがなかったが、非常に良いケーススタディができそう。

 帰りは中央道が事故で、一般道で恵那山を越える羽目になる。さらに名神の集中工事でハマるが、何とか帰宅。

 鉄器撮影の旅、あとは牛さんが中国から帰ったら補足調査の予定。

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2009年5月19日 (火)

群馬

 鉄器撮影の旅も最後の遠出で、群馬へ。有馬と新保田中村前の鉄剣・把を撮影。数が多いので配置に一苦労。どうやって1頁にまとめようか。

 その後、O氏の案内で初めて黒井峯遺跡を見学。さらに県の人々とも飲み会。鉄鏃研究者のS氏とも初めてお会いしました。

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2009年5月15日 (金)

植木町

 植木町の現場を見学させてもらう。西南戦争の激戦の跡を発掘調査している。こういう遺跡の調査は例を知らない。

 急遽、牛さんが現場の写真を撮ることになる。さすが、来た人はタダでは帰さない植木町。

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2009年5月14日 (木)

重文

 宇土市にて、重要文化財の向野田古墳出土刀剣を撮影。鉄器撮影の旅で、最大の難関。

 鉄剣は長さ1m以上ある。しかも保存処理はかなり古い。最近は重文が破損したという事故が頻発しているので、無事に終わって良かった…。

 終了後は植木、熊本県、熊本市の方々、熊大のS師匠と飲み会。師匠に「自分の研究に牛さんを使うとは、何と贅沢な」と言われる。そういう感覚が麻痺しているのかもしれない…。

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2009年5月13日 (水)

九国博

 九国博で門田と須玖岡本の鉄器を撮影。鉄剣研究の初期の頃に実測した、懐かしい遺物。

 終了後、甘木と久留米を襲撃。しかし、「牛さんが福岡にいるらしい」という情報はすでに伝わっていた。

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2009年5月12日 (火)

九州

 鉄器撮影の旅もヤマ場を迎え、ついに九州へ。まず那珂川町で安徳台の鉄器を撮らせていただく。

 早く終わったので、筑紫野市と春日市をアポなし訪問。先方も突然牛さんが来たので驚く。

 その後、福岡近郊の方々と飲み会。九州の人と飲むとつい熱く語ってしまう。

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2009年5月 7日 (木)

内覧会

 キトラの青龍・白虎の内覧会に行く。文化庁の長官がテープカットに来ていた。橿考研新所長、徳島のA先生、京都のU先生など、VIPが大勢。

 そんな人たちに混じって、奈良県のO夫妻はなぜか私服で来ていた。お休みらしい。

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2009年5月 2日 (土)

休館

 五條文化博物館から、財政不足のため休館しますという知らせがきていた。財政事情が好転したら、リニューアルのうえ再開しますとされているが、このご時世にそれは無理だろう。

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