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2009年8月31日 (月)

愛媛

 愛媛県のセンターに資料調査。報告書で最古段階のヤリと思って見に行った資料、残念ながらそこまで特定できるものではなかった。どうやら、柄を装着する前に樹皮状のものを巻く場合があるらしい。そういう事例はいくつか知っていたが、ヤリの制作工程に入れてなかった。

 それにしても、型式を特定できなかった最古のヤリの候補は才ケ迫1号、国森、中出勝負峠、高橋仏師1号…。西部瀬戸内が多い。ヤリ、定角式鉄鏃、変な竪穴式石室は前方後円墳に引き継がれる西部瀬戸内的要素らしい。問題はホケノ山か。

 ついでに、神戸ホムスタでヴィッセル神戸vs浦和レッズを見る。悪夢の7連敗だが、前回の柏レイソル戦よりは「戦っていた」ようだ。山田直輝と闘莉王が戻れば何とかなる…かな?

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2009年8月26日 (水)

福島

 福島大が調査している庚申壇古墳を見学させていただく。調査中の礫槨を見る機会はもう二度とないかもしれないので、急遽行くことにした。今後の展開が非常に楽しみだが、礫槨の図面は大変そうだ。

 ついでに大安場古墳公園に行く。博物館なみの展示施設ができていた。懐かしい刀剣類に再会。復元品もよく出来ていたが、実際には刀装具は漆塗りで、把と鞘に巻かれた布もカラフルだったろう。

 埋葬施設の復元の前を通ると、被葬者(おじさん)の声が聞こえる趣向になっている。しかし大安場では鏃が出ていない。被葬者は向野田古墳のように女性の可能性が高いのでは?

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2009年8月24日 (月)

解放

 ついに番長業務から開放される。今週はさっそく現場見学と資料調査で、福島と愛媛に行く予定。さらに徳島に手紙を出す。完全に糸が切れた凧の状態。

 現場まで、自由になる時間は1ヶ月あまりだ。余裕はない。

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2009年8月20日 (木)

確定

 東京都のセンターで砧7号墳のヤリを見る。セットで型式を確定できる貴重な資料。さらに、横浜で新羽南古墳の刀剣を見る。最古型式の資料ではないようだ。

 帰る途中、静岡県の某現場を見学。すごい現場だ…。

 せっかく東京に行ったので、夜は今季初の埼玉スタジアムへ。何とレイソルに1-4の惨敗。この負けっぷりは一体どういうことだ。このままフィンケを信じていいのだろうか…。サポーターにも疑念が生じているようだ。

 

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2009年8月19日 (水)

疲労

 まだ夏休みをとっていないので、疲労が蓄積してきた。最近暑いのに、毎日サッカーで全力を出しているのも原因か。

 明日から資料調査。これを乗り切ったら休もう。

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2009年8月17日 (月)

青銅器

 新人さんが入ったので、藤原生活の案内やら諸注意やらで忙しい。同時に留学中のカンボジア人の友人が現場に来るので、その対応も。

 概説を書く必要上、青銅製武器の研究を調べている。鉄器よりも多すぎて、論点が見えにくい。それなりにまとめないと、I永さんあたりに怒られそう。

 

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2009年8月13日 (木)

トレース

 盆休み中に博士論文のトレースを少しでも進めようと思ったのだが、キトラの土砂崩落事件やら何やらで、あまり進まなかった。資料館図録と「てびき」を終わらせるのが精一杯だ。

 来週は出張もあって忙しい。夏休み気分になれない。

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2009年8月12日 (水)

御礼

 いくつかの報告書をいただいた。高知の師匠からは大元神社古墳、朝倉古墳の報告書とともに『高知県後期古墳資料集Ⅰ』。こだわりのB判ですね。私も今までB判の雑誌にしか論文を送ってこなかったので、必然的に今度の本もB判です。

 失礼な言い方だが、たとえ遺物は少なくとも、着実に報告書を出している大学は強い。本作りのサイクルを知らない学生はあとで苦労する。阪大も概報は毎年のように出していて、今にして思えばすごく勉強になった。

 もうひとつは橿考研のO氏から『古墳時代におけるコウヤマキ材の利用実態に関する総合的研究』。柳本大塚古墳の木棺が現存し、しかも某教会の玄関額に使われているとは、かなりビックリした。写真のインパクトが強すぎる…。

 

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2009年8月11日 (火)

予約

 番長も終わりに近づいたので、資料調査のお願いをする。東京方面と四国方面へ。

 論文を書いた後に存在を知ったヤリの補足調査。前稿から大きく見解が変わることはないだろうが、時間の許す限り実見して、分布図と表を完成に近づけたい。そういえば「鉄器撮影の旅」補足編の依頼もしないと。

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2009年8月10日 (月)

大雨

Syasinn2 月曜なので早朝に津山から出勤。インターまで行くと、中国道の津山-山崎間が大雨で通行止めになっているではないか。そのまま179号線で佐用町か上郡町に抜けることにする。

作東町あたりから、道路が冠水した跡が目立ち始める。峠を越えて兵庫県に入り、上月町まで来ると、道路が歪んでいるし、車が流されている。この辺で事の重大さに気づく。上月町から先は佐用方面も上郡方面も土砂崩れと冠水で通行止め。これ以上は東に進めない。

Syasinn1_4  仕方なく、美作方面へ引き返す。途中、南の和気町に抜ける県道があるので曲がると、ここも土砂崩れ で通れず。

 結局、津山まで戻ってから岡山方面へ南下し、山陽道経由で職場へ。7時間もかかってしまった…。

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2009年8月 5日 (水)

疲れ目

 T田室長を厳しくマークしたおかげで、今月初勝利。明日もこの調子でいこう。

 一日中画面を見て仕事していたら、いつになく目が疲れた。夜は気分を変えてトレースをやる。論文としていまいちでも、三燕の武器の実測図を世に出すことはそれなりの意味があるだろう。

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2009年8月 4日 (火)

完敗

 梅雨も明けて炎天下の中、サッカー。T田室長に2日連続ハットトリックを決められて完敗。昨日はスローインから2失点、今日はゴールキックを直接ヘッドで決められた。夏場に調子が上がってくるのだろうか。

 いずれもマークが甘かった私の責任。明日は厳しくいかないと。

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2009年8月 3日 (月)

水利

 『GIANT KILLING』の11巻が出ていたので、とりあえず買う。最近は思考のかなりの部分をサッカーが占めている気がする。

 考古学の本では、今さらながら若狭氏の『古墳時代の水利社会研究』を読む。前期の部分は低湿地の開発による生産力の発展→大型古墳の築造という、普通の?考え方(背景は移住だが)なのだろう。

 問題は中期だ。開発重点地域に居館と古墳を配置する。しかもその思想や技術は畿内から取り入れるという。どうすれば私の考察に関連させられるのか、考えさせられる。

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