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2010年3月30日 (火)

終了?

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 できるところまでやったが、ブースを片付けるところまで到達せず。本当に明日退職する人間の机だろうか…。

 山田のレプリカユニフォームももらいました。これで埼玉にいく準備は万全です。みなさま、大変お世話になりました。

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2010年3月27日 (土)

残務

 のんびり構えていたら、奈文研生活も残り1週間を切っていた。机も本棚もまったく片付けていない。引越しの日程すら決まっていない。そろそろ真剣に考えないと。

 次の宿舎は埼玉県内になりそう。高校を出て以来、18年ぶりに埼玉県民に戻る。

 

 

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2010年3月25日 (木)

買い物

 まともなスーツが1着しかないので、新しいのを買う。ついでにネクタイと鞄も買う。ほとんど新社会人の状態だ。最近スーツを着たのはT前の結婚式の時か。

 あと革靴が必要。

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2010年3月24日 (水)

校正

 『熊本古墳研究』の校正が届く。菅谷先生の論集に鉄剣把について書く以前の文章なので、補注でも入れるか。

 さらに、福井のF氏から電話。もうすぐO羽山の校正を送るとのこと。懐かしすぎて何を書いたかよく思い出せん。私の鉄剣の図が小さいので、等倍で載せてもいいかと。『てびき』でも載せられなかった等倍トレースですね。怖いもの見たさで快諾した。

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所蔵

 群馬県の遺物は事業団が調査したあと、所蔵は「埋蔵文化財センター」になるようだ。瓦谷1号墳の遺物は、最近の図録では「木津川市教育委員会所蔵」になっている。府のセンターで撮影したのだが…。このほか、京都府のセンターからは多くの遺物が市町村に移管されている。

 うーん、ややこしい…。

 

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2010年3月23日 (火)

リスト

 奈文研版の発送リストを作っている。研究員全員の分、独法関係、外部評価委員等でかなりの部数がなくなる。資料調査でお世話になった機関も莫大で、当然送らないといけない。結局、奈文研の本は複製販売してもらわないと個人の研究者まで行き渡らない…。

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2010年3月18日 (木)

残務

 気がつけば仕事が溜まりまくっている。あと2週間でどこまでできるだろうか。

 片付けて出ていきたいが、終わりそうもない。引き継いでもらおう。

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2010年3月17日 (水)

帰国

 遼寧から無事帰国。久々に出勤するとすでに移動の内示が出ており、「辞職願」の雛形もメールで届いていた。「もうオープンにしてもいい」とのこと。

 3月末に藤原宮を去ることになりました。つぎの職場は虎ノ門です。埼スタに行きまくるぞー。

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2010年3月13日 (土)

遼寧

 遼寧省4日目。随唐墓の遺物の調書をとり、飯を食い、牛さんとS君と飲み、校正をする毎日。

 そろそろサッカーがしたいなあ…。

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2010年3月 8日 (月)

校正

 再び校正と索引の確認。もう遼寧に持っていくしかない。

 牛さんは「必ず複数の人間に読んでもらえ。」という。とはいえ、職場の人は忙しいし、手伝ってくれる学生さんもいない。弥生と古墳に詳しくて頼みやすい人、ということで、妻に依頼。

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2010年3月 5日 (金)

完了

 韓国との交渉も無事に終了。さらに、飯田市と申請のやりとりをしているうちに、写真の差し替えが必要と判明。それでも手続きは完了、のはずだ。

 来週の遼寧行きまでに、何とかすべて間に合うか。

 

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2010年3月 4日 (木)

使用許可

 韓国に写真の使用許可を申請したが、なかなか返事が来ない機関が多い。職場の後輩S君に電話してもらう。電話だとあっさり許可が下りたりする。

 釜山大のS先生だけは、すぐに返事のFAXを送ってくれた。こういうところが尊敬できる。

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2010年3月 3日 (水)

索引

 索引の作成が難航。何しろ初めての作業で勝手が分からん。どうしてみんな、あんなコンパクトにできるのだろう。分布図に載せた遺跡名まで拾っているやり方が悪いのだろうか。

 出版社との交渉は順調だが、製本の方法について意見が分かれている。どうか執筆者の意向を尊重してください。

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2010年3月 2日 (火)

報告書

 気になる報告書が送られてきた。『立明寺地区遺跡B地点』株式会社島田組。「おー、民間調査機関の報告書だ。」と思ってめくっていると、住居跡から鉄剣が出ている貴重な事例。デジタルトレースなのか、小銅鐸を含めて金属器の図面がやや堅いが、写真は巻頭カラーも含めてプロの仕事。編集者は知り合いのY氏とK君だった。

 この遺跡は某ショッピングモールの建設に伴い、墓域を行政側が、集落域を民間機関が調査している。もしも、行政側の出す報告書がK・N遺跡のようなものだと、民間機関に完敗するのではなかろうか。

 とはいえ、発掘調査期間が2万平米で2ヶ月、整理・報告書作成期間が2年と、少しアンバランスな感じがする。契約は調査と報告で別に結ばれている。どうやって2万平米を2ヶ月で掘ったのか、素朴な疑問が湧いたのだが、調査経過や日誌が掲載されていなかった…。

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2010年3月 1日 (月)

資料調査

 週末、用事があって妻の職場に行くと、京大のT君が資料調査に来ていた。長畝山北5号墳の胡ろく金具。この遺物はかつて私も実測したことがある。報告書では波状列点文が描かれていないので、『古代吉備』の実測図では付け加えておいた。しかし、あまり知識がなかったので勾玉状金具の天地が逆だ…。彼はさらに詳しく観察していたようだ。

 聞けばすでに資料調査の旅に出て9泊目らしい。うらやましい。

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